収穫の詩 ~《伊都能売》








『やや知る真 ハタレとは 天にも居らず 神ならず 人のねぢけの 研ぎ優れ 凝り合て 六つの ハタレ成る』・・・秀真伝(ホツマツタヱ)より


ハタレ(外道霊)


人の「曲がり」が凝りた生き霊 『大蛇』となりて宿主に憑く

 許許太久(ここだく)の罪の「曲がり」た大蛇 八岐大蛇となりて荒れ狂う


伊勢山田(狐霊・キツネ)

榛名(蝕霊・ハハ)

立山(逸霊・イソラ) 

諏訪・高野(飯綱霊・イヅナ)

賀茂花山(天狗・天狐)

筑紫・宗像(シム=大蛇・蛟竜ーミヅチ=水霊)

八岐大蛇の六ハタレ鎮まる・・・・



伊勢の山田の三狐専女神(稲荷神)

榛名山の龗神

立山雄山の手力男神(伊弉諾)

諏訪の建御名方神 高野の熊野久須毘神(伊弉冉)

賀茂花山の事代主神

筑紫宗像の綿津見神

六ハタレ鎮め祀りし神々なりて・・・・


「鎮め祀る」とは「曲がり」を正して「祀る」こと

【厄神】が【役神】となる「鎮め祀り」(神直日大直日)


されど

人の穢れの積念が 鎮めたハタレを呼び起こし

六ハタレ再び湧き出でて 八重垣目がけて襲い来る



ハタレはそもそも外道に非ず

人の心がハタレ(外道)となりて 在りて在るものがハタレ(外道)と凝りて

禍津霊となりて我が身に返る

天の益人の「曲がり」が 大禍となった八岐大蛇

歴史の文から消せども 祝詞はけっして曲げられぬ

祝詞曲げればハタレが湧き出す 祝詞の中に真の「守神」

穢れを祓い続ける神々 穢れを増やし続ける人々

祓いの神まで穢しだし もはや穢れは祓いきれぬ様


穢れを持ち込み岩戸を塞いだ 仏魔の念の岩戸閉め

ハタレの力を借り受けて 己が利欲を満たすため

ハタレの邪の力を呼んで 再び穢れをばらまいた


誠の心で向き合えば 在りて在る神なるものを

曲りた心で向き合えば ハタレが大蛇となりて暴れる


外道を「神」としたは人 ゆえにハタレが現れる

毎年正月群れた人の念 曲りた願いがハタレを具現す

人が自ら撒いた種 穢れの種が伸び育ち

稲穂のように垂れ下がり 収穫の時を迎えたが今



ハタレ(外道霊)に懸かられ気付かぬ人々 ハタレを【神】としたからに

借りた力は取り立てられる それが理(ことわり) 在りて在る理




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