悲しみの詩 《天津彦根の御言》




悲しみとは とても大切な感情である

そして 大切な経験である

喜びと悲しみは表裏一体のもの

であるのに人は悲しみから逃げゆく

悲しみから逃げれば 喜びも遠ざかる

喜びも悲しみも無い 色の無い日常は

逃げたからである



深く大きな悲しみは

深く大きな愛情の証

愛ゆえ喜び 愛ゆえ悲しむ

悲しみに目をそらしても悲しみは無くならぬ

だからいつまでも心が軋む

心が軋んで 身体が軋んで

さらに悲しみに背を向ける

悲しみを受け止めれば その奥に愛があることを知る

真ん中に愛があり 悲しみの反対側に喜びがある

だから悲しみが癒える

悲しみは 愛の証



悲しみの奥にある愛は

悲しみを慈しみへと昇華する

本当に必要な喜びへ至る道は

悲しみの先にある



喜びも 悲しみも ひとときの想い

時の流れの波間で 生まれては消える泡

喜びだけ残すことは出来ず

悲しみだけ残ることもない

受け止め 味わえば

隠れた愛の味に気付く

その味わいが喜びも悲しみも

大切な思い出に変えてくれる



厄も福もひとときの想い

厄だけ祓って福を祓わねば

福の裏にある厄も残り

新たな福も巡っては来ない



人は片方ばかり追いかけ

片方ばかりから逃げ

だから愛を見失い

喜びからも遠ざかった

失っても悲しまない喜びで

自らをごまかし続ける

だからいくら得ても満たされぬ

本当はさして嬉しくもない喜びを追いかける

それは追いかけているようで

その実 逃げ続けているようで

悲しまないために求めない

そんな癖が当たり前となり

いつしか愛の居所さえわからなくなった

 


悲しみの果てに人は喜びを知るだろう

悲哀の叫びの中に愛があることを知るだろう

逃げ場の無い悲しみの渦に巻かれて

はじめてまことの愛を知るだろう

悲しみの底に沈んだとき

輝く宝物をようやく見つけるだろう


悲しみきった瞳は 曇りなく晴れやかで

悲しみの大きさだけ喜びがあることを知り

悲しみの深さだけ深い愛があるを知る

まことの愛のきらめき

その宝物を手にしたとき

悲しみは慈しみへと昇華する

 

喜びは 満ちゆく月

悲しみは 欠けゆく月

満ちては欠ける時の連鎖



悲哀渦巻く降龍は

天高く昇る龍となる

天津彦根の悲しみは

活津彦根の慈しみとなる




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