【伊都能売】 ~今は「大立て替え」の真っ最中 《出口なおさんに捧ぐ》




出口王仁三郎氏は自著である「 第一巻 皇道編ー第六篇 愛善の真意義ー第二章 【伊都能売】」の中でこう述べられている。


 観音経にある「五観五音」なるものは、一切衆生と親子一如の意義を表現するもので、五音とは『妙音・観世音・梵音・海潮音・勝彼世間音』のことであり、五観とは『真観・清浄観・広大智慧観・悲観・慈観』のことである。

 今之を神道の神名に対照すれば

五音 (瑞の御魂)

 妙音     多紀理姫命

 観世音    木花咲耶姫命

 梵音     市杵嶋姫命    

 海潮音    玉依姫命(乙姫命)

 勝波世間音  多紀津姫命


五観 (厳之御霊)

 真観     天忍穂耳命

 清浄観    天之菩日命

 広大智慧観  正哉我勝々速日天忍穂耳命

 悲観     天津彦根命

 慈観     活津彦根命


そして


豊受 ー豊受大神 (厳の御霊)


 国常立尊 ー 天神の祖

 天照大神 ー 地神の祖


となり、さらに『観音 即 木の花姫神  一名・伊都能売神』であると述べている。



まず「五観五音」についてであるが、以下のように対応する


 真観ー妙音

 清浄観ー観世音

 広大智慧観ー梵音

 悲観ー海潮音

 慈観ー勝彼世間音


これら五観五音を総じて「観音」という。

それぞれの意味についてはここでは省く。

各々で調べてほしい。




昨今、私が『竹生島』へ行った折に現れた「天津彦根の天目一龍」が現れる時、必ず『乙姫殿』も共に現れる。

まるでワンセットであるかのように現れるのを不思議に思っていたが、この出口王仁三郎氏の【伊都能売】を見て「なるほど」と理解した。

五観五音の中の『悲観ー海潮音』=『天津彦根神(厳)ー玉依姫(乙姫殿)(瑞)』であり、両神から生まれた【観音力】が【天目一龍(天目一箇神)】となって現出していることが納得できる。

つまりは、これが現実に現出しているということは、出口氏の語った『五観五音』の正しさを証明したということでもある。


そして、出口氏の言う『国常立尊ー天神の祖・天照大神ー地神の祖』の【厳の御魂】を総じて【豊受(豊受大神)】としている。


だが現在「国之常立尊」と共に活動しているのは「瀬織津姫」である。

それは疑いようのない事実である。

そしてこの認識も私一人のものではない。



ではここで出口王仁三郎氏が語る「天照大神」とは誰なのか?

それも同氏の自著に記されている。



 高皇産霊大神  ー 伊邪那岐大神 ー 日之大神

 天之御中主大神 ー 撞榊向津姫尊 ー 天照皇大神

 神皇産霊大神  ー 伊邪那美大神 ー 月之大神


以上、三列九柱を御三体の大神様と、教祖が奉称されました。

天に在します大神様なれど、今度の二度目の世の立替に就て、地上の高天原ヘ御降臨遊ばして大国常立の命様の御神業の御手伝を遊ばすのであります。


天之御中主大神ー撞榊向津姫尊という二柱で天照皇大神となる。

「撞榊向津姫尊=瀬織津姫」であってみれば、現在活動している瀬織津姫が「天照大神」として国之常立尊と共に活動しているという現在の事実と符合する。


つまり、現在活動している国之常立尊と瀬織津姫の二神の活動を『豊受』と言い、豊受大神のご活動ということなのである。

豊受大神という個別の神様が居るのではなく、『活動』そのものを神格化しているのである。


そして、この二神が現出させている大立て替えの『観音力』が「五観五音」の神の活動となって現出しているわけである。

その中でも、今の悲しみに満ちた世界に現出しているのが『天目一龍』という観音力なのである。

さらに「五観五音」の「観音力」すべてを『観音 即 木の花姫神  一名・伊都能売神』というわけである。




さらに出口王仁三郎氏が述べた神々には


 雨之神 ー 天之水分神 ー 国之水分神

 風之神 ー 科戸彦神 ー 科戸姫神 

 岩之神 ー 岩長姫神 ー 岩戸別神 

 荒之神 ー 大雷男之神 ー 別雷男之神 

 地震之神 ー 武雷之神 ー 経津主神


というものがあり、これは日月神示に於いても「大立て替え」の神々ということである。


この中で私が出会ったのは、まずは『岩之神』である岩長姫神に呼ばれて元伊勢の皇大神社へ赴いた時である。

そして、「岩戸別神」としているのは、私の認識では「菊理姫」である。

岩戸の内外の「門番」としての神であり、「肚くくり」出来ぬ者は通さぬ・・・という神である。

かつて伊邪那岐命でさえも「肚くくり」せねば通さなかった神である。


次に地震之神

2018年に起きた「大阪北部地震」が発生する直前に夢の中に現れた巨大な白龍神であった「武雷之神」である。

その白龍神の地響きのような声はまさに地震の神そのものであった。


次に雨之神

上記には「水分神」となっているが、私的には『闇龗(クラオカミ)神』という認識である。

雨を司る龍と、晴れを司る白狐であるが、これが「高龗(タカオカミ)」「闇龗(クラオカミ)」という二神で、二神一体で『龗(オカミ)神』という雨を司る神となる。

それが「天之水分神(龍)」「国之水分神(白狐)」ということであろう。

そして、私の前に現れる「闇龗(白狐)」は尻尾が数本ある巨大な白狐神であり、龍体に変化して天に昇る。

この神がなぜか私のもとに訪れる者を「品定め」してくれていて、それを直に体験した人もいる。


風之神と荒之神にはまだ巡り会ってはいない。




実際のところ、この神々の『お役』を担う人を待っているのであるが、なかなかどうして難しいものである。

なぜなら「妨害」が入るからである。


そんな「妨害」をものともせぬ強靱な精神の持ち主が必要であり、そんな「品定め」を闇龗が行い、菊理姫が「覚悟」を見極める。




今現在、乙姫殿が「悲しみの底に沈んでいる慈愛」を人々に教えるために活動している。

それに呼応して自然を司る「雨之神」「風之神」「荒之神」「地震之神」が活動しているのは明瞭である。


そして、先日より活動の腰を上げたのが「木花咲耶姫命」である。

悲哀の中で「ありのままを観ずる観世音(観自在)」となることで、悲しみの底に光る慈しみを見つけるために、木花咲耶姫命が火の浄化を行うためである。

肚をくくれていなければ、およそ慈愛は見つけられない。

そのための火の浄化は「手放し」の浄化である。

握りしめた我欲を焼き払う如く浄化する。

だから我欲を握りしめて手放さなければ「大やけど」をすることになるだろう。




もう始まっている。

なのに何故こうも人々はのんきなのだろう・・・と思う。




・・・・


実は、数年前に夢の中に出口なおさんが現れた。

とある部屋の中に座っている老女がこちらを向いてしきりに何かを言っている。

だがよく聞こえない・・・

だから近づいて「なに?」と訪ねると

『おまえがやれ!』

と一言だけ聞こえて、次の瞬間目が覚めた。

目覚めさせられる時は決まって「記憶に留める」必要があるときである。

「今のは誰だ?」

と疑問をもたげると、即座に『でぐちなお』と返ってきた。

「あぁ、あれが出口なおさんか・・・」


しかし

『おまえがやれ』

とは一体何なのか?



『おまえがやれ』というたった一言に込められた彼女の願いの一端を、これですこしは返せているのかな?

と思う。





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